大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福岡高等裁判所 昭和25年(う)2270号 判決

控訴人 被告人 孫供寿

弁護人 田中照治

検察官 山田四郎関与

主文

本件控訴を棄却する。

理由

被告人並びに弁護人田中照治の各控訴趣意は、それぞれ末尾添付の書面記載のとおりである。

右に対する判断。

被告人の控訴趣意(事実誤認)について。

原判決摘示の事実は、その挙示の証拠によつてこれを認定するのに十分であつて、原判決に所論のような事実誤認の違法はない。

弁護人の控訴趣意第一点(没収の違法)について。

無免許製造の酒類、容器を不法に所持する罪にかかる目的物件について、酒税法第六二条第二項の規定により、これが没収の言渡をするためにはその物件の存在が記録上明確であることを以て足り、必ずしも、その物件自体を公判廷に顕出して証拠調をすることを要しない。原判決の没収はかかる酒類、容器等の各物件について、これを公判廷に顕出し証拠調を経ていないことは、所論のとおりであるが、右各物件が被告人の不法所持にかかるものであつて、且つ、大蔵事務官小野毅によつて領置され、同領置物件が武雄税務署長から武雄区検察庁検事に引継がれた事実は、被告人において証拠とすることに同意を与えている、原判決挙示の各証拠書類並びに武雄税務署長大蔵事務官川上勝市作成の領置物件引継書によつて明白でありその物件の存在は、記録にあらわれた証拠上まことに明確であるから、これについて没収の言渡をした原判決に何らの違法はない。論旨は理由がない。

同第二点(補強証拠の不十分)について。

被告人は、昭和二五年二月上旬頃から同月一九日頃まで自称神戸市居住朝鮮人新井三郎が政府の免許を受けずして製造した濁酒二斗を、佐賀県杵島郡武雄町若宮町の被告人所有の小屋において不法に所持していたものである、という犯罪事実について、被告人の自白に対する補強証拠として、原判決は、大蔵事務官小野毅作成の領置書を掲げており、同領置書によれば、被告人の所持にかかる濁酒、並びにその仕込容器四斗樽一個が現に領置された事実が明白であるこのような事件において、その密造の経緯、被告人所持の事情等についても、なお的確な補強証拠の存することの極めて望ましいことであることは、もとより論をまたないところではあるが、本件犯罪において、その骨子となるべき事実関係は、その所持物件の存在という事柄であり、その所持物件の存在について、右のような証拠が存する以上、同証拠は本件犯罪における補強証拠として十分であると解するのが相当である。従つて、原判決が、補強証拠なくして被告人の有罪を認めた違法ありとする論旨は採用の限りでない。

同第三点(量刑不当)について。

記録を精査するのに、諸般の犯情に照らし、原判決の刑の量定は相当であると認められ、これを不相当とすべき格別の事情は認められない。

その他原判決を破棄すべき事由がないので、刑訴第三九六条により本件控訴を棄却すべきものとする。

以上の理由により主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 筒井義彦 裁判官 藤井亮 裁判官 川井立夫)

弁護人田中照治の控訴趣意

第一点原審判決によれば其主文中に「収税官吏領置に係る焼酎七升、濁酒三斗五升、一升瓶四本、一斗瓶一本、一斗五升壺一個、四斗樽一個は孰れもこれを没収する」を宣言し其理由中に罪となるべき事実は

一、大蔵事務官川上勝市作成の告発書

一、大蔵事務官小野毅作成の領置書

一、大蔵事務官副島寅雄作成の酒精分検定書

一、大蔵事務官小野毅及被告人共同作成の顛末書

一、被告人の副検事に対する供述調書

を綜合して之れを認定せられ又此証拠は大蔵事務官川上勝市作成の保管受証並に同人作成の領置物件引継者と共に孰れも原審公廷で証拠として取調べを為されて居る

然るに本件犯罪の構成要件であり又犯罪の用に供せられたと見るべき焼酎濁酒並に之れ等の容器については証拠調を為された事実がないのである。唯領置書或は酒精分検定書等書面に関する証拠調は為されて居るが之等は該物件の存在を記載し或は其検定の結果を記載したる文書に過ぎないもので物件夫れ自体でないことは勿論である。被告人が焼酎濁酒を所持して居たとの事実を認定するには犯罪構成たる物件自体を訴訟関係人に展示して証拠調を為さねばならないのであるが原審は事茲に出でずして前掲の書面を以て事足れりとしこれにより犯罪事実を認定し且つ前記物件の没収を宣言したのは違法であること勿論であるから原審判決は当然破棄せらるべきものである

第二点原判決は罪となるべき事実中第二の犯罪事実の認定について証拠の標目に各証拠を列記してこれを判示せられて居るが此の証拠にては被告人の供述以外濁酒二斗の所在場所が被告人所有の小屋であつたと言ふのみで其の外には何等の証拠もないのである。換言すれば被告人に不利益なる自供を補強する資料は濁酒の所在場所が被告人所有小屋であつたと言ふ丈けであつて其他に被告人がこれを所有保管して居たものであることを認定する何等の資料もないのである。即ち濁酒が此被告人所有の小屋に存在して居たとの事実は被告人の行為に基くものであるか、将又他人の所為に因るものであるかを決定する何等かの証拠が無ければ、何れ共これを決定することは出来ないのである。加之被告人は原審公判廷に於て此事実を否認して居るから原審に於て前記第二の事実を認定せられたのは言ふまでもなく補強証拠のない不利益なる被告人の供述のみで犯罪を認定されたものであるから原審判決は此点に於ても当然破毀せらるべきものである

第三点被告人に対する原審判決の量刑は重きに過ぎる。即ち

一、被告人は新井三郎の依頼により焼酎濁酒並に其容器を預つたもので自らこれを密造し又はこれを密売して利益を計つたものではない

二、被告人は一日金百八十円の日給で一ケ月中約二十日を稼働し辛じて病父を始め母及び十四歳と八歳の幼弟を扶養して居る貧困者である

三、量刑の過重は被告人をして罰金の完納を不能ならしめるのみならず受刑を完遂せん為め被告人の全家族は飢餓に陥り却て第二の犯行無いとも言へない

四、被告人が友人の為本件の罪責を問はるるは真に同情に堪へない計りでなく犯状も頗る軽いのである

以上の事由により被告人に対し量刑を半減し且つこれに執行猶予の恩典を与へられんことを切に切に御願致す次第である

然らば被告人は勿論其家族一同は将来明朗なる前途を迎へ更生の道を辿るべく再犯の虞も無之ものと信じられます。曾て前科とてもない被告人の為め今回に限り何卒特別の御詮議を以て前記の通り御寛大なる御裁判を仰ぎ度伏て御願い申上げます(その他の控訴趣意は省略する。)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例